不用品回収にライバル出現!
みんな、自分たちの住む地球を、こわしたくないと思っています。
できたら。
でもへあなたはやっぱり、地球をこわしつづけているのです。
毎日。
スーパーで食べものを買う。
包装をやぶって捨てて、それを食べる。
車に乗る。
電車に乗る。
テレビを見たり、クーラーで涼んだり、スープであったまる。
そういうまったくふつうのこと、日々の生活のなかで、あなたは地球をこわす「システム」に参加しています。
「そんなこと言ったってしょうがないじゃないか。
じゃあどうしろって言うんだ」。
そう思うのがふつうでしょう。
たいていの人はそうやって、「キレイごとにはつきあってられないぜ。
まずな、目の前の現実を見なけりやいかん。
日本は経済大国として発言力を持たなければ。
そのほうが俺の商売もうまくいくし」というイヤな大人になっていくのです。
これが、ふつうです。
でも地球をこわしたくない。
生きること。
経済活動をすること。
環境。
生態。
それら同士の、関係。
これらはすべてシステム、大きなつながりとして動いています。
だから、「ここをくっつければこうなる」というふうに、簡単にはいきません。
思わぬことが思わぬ結果を招きへそして全体として、危険な方向に雪崩れていくことも、あります。
それを何とかしようと、思ったとします。
しかし「ここをこうやれば雪崩を防げる」ということも簡単には言えません。
「地球をこわしたくない」と思ってやったことへあるいはやめたことでもひとつひとつは、無駄に終わるかも知れないのです。
でも、あきらめちゃいけない。
ひとつひとつの行動が、どういう結果を生むかは追いきれないとしても全体として地球をこわさない生き方、方向性のようなものはあるのではないか。
そう思って、京都のTさんにお話を伺いに行きました。
Tさんはもともとは大学で金属物理学を教えていた人。
いわば現在の工業文明の、ひとつの中心にいた人です。
しかし今はその生き方を捨てて、地球をこわさない生き方をさがしています。
「使い捨て時代を考える会」というグループをながく続け、いつのまにか当然のことだと思いこんでしまっている、消費的な生き方を点検したり、農家の人とつきあいながら、毎日自分が食べているものについて考えなおしたり。
聞いていると、その暮らしぶりは新鮮で、考えてみればあたりまえのことみたいでそしてなにより面自そうでした。
Tさんに伺ったお話をまとめ、そこから触発されながら、若いフリーライターのNYさんに、いくつかのルポを作ってもらうことにしました。
結果として、この本は「地球をこわさない生き方」のマニュアルを手とり足とり解説するものではなくなりました。
それで良かったと思っています。
いえ、やっているうちに、「マニュアルなどない」とわかったのです。
それじゃあ自分は何をどうするか。
それはあなたに考えてほしいのです。
だってこれは、あなたが住みそこで生きる地球のことなのだから。
ちょっと思い出してみてください。
みなさんは毎日、どんなものを食べていますか?ハンバーグステーキへカレーライス。
焼き肉や卵焼きそれらの合い間には、ガムやチョコレート、コーラにスポーツドリンク。
現在のみなさんの食生活はじつにさまざまなむしろ多すぎるくらいの品物で満ちあふれています。
そうした「豊かさ」にみなさんは何の疑問ももっていないかも知れません。
まあそれももっともです。
いま中学生や高校生のみなさんにとっては生まれたときからへそうだったのですから。
けれども私のように少し年をとった人間から見ると、気がつくことがいくつかあります。
そのひとつは日本人の食生活がこんなふうになったのは、けっこう最近のことなのだということです。
現在のように世界中でとれた食品を簡単に、好きなだけ消費できるようになったのはほんのここ二〇年くらいのことでしょうか。
その変化を追っていくだけでもたくさんの重要な問題が見えてきます。
世界の中の飢えた地域と、私たちの「豊かな」生活との関係。
どこでどうやって作られたかわからないものを、日々口にいれている怖さ。
強いものが多く手にいれることができるという、経済のしくみの中でおこる感覚のゆがみや、人間としての退廃枚挙にいとまがありません。
しかしここでは、そうした「問題」にすぐに踏みこむのはやめて、まずはわが家の食事のことを、少し紹介させていただくことにしましょう。
わが家のふだんの食卓を構成しているのは、玄米、野菜、豆、小魚、海草です。
これを私たちは「わが家の五点セット」と呼んでいるんです。
実はこれは、伝統的な日本の食文化、風土に合った食なんです。
まず、お米は日本でとれますね。
日本人の食生活の、基本にあるものです。
それから野菜。
日本は大部分が温帯に属していて雨がよく降る土地柄ですから、食べられる草がいっぱいある。
本来は野菜が豊富な国なんです。
「本来」というのは、実は、いま私たちの日常の食卓の中で日本の野菜がどれだけ使われているかというと、極めて貧しいのが現状ですので。
次に豆。
私が子どものときは水田のまわりの畦には「畦豆」が植わっていました。
「畦豆」というのは大豆のことです。
そうすると、田んぼでお米をつくっている、その周辺だけで自給用の大豆がとれる。
大豆は、大豆畑でとれるといくだけではなく生活にねぎしてとれたんです。
大豆は蛋白質の豊富な雑穀として非常に大事にされてきました。
ところが最近は、国産大豆というのが非常に少なくなってきましたね。
それから小魚。
日本は周囲が海に囲まれていますから、小魚はたくさんとれますね。
それを「おかしらつき」で、何十匹へ何百匹という単位でいただくのが理想的です。
「おかしらつき」といえば、普通は鯛などの「高級魚」の頭から尻尾までついた丸ごとをお祝いのときなどに頂く場合のぜいたくを意味するのですけれども、うちの場合は鯛ではなくて、ちりめんじゃことかしらすとかへあるいはもう少し大きくなった鯖の丸ぼしとかを、食べているんです。
最後は海草。
外国では海草を食べる文化というものを知らないところもありますが、周囲を海に囲まれた日本では、昔から海草を食べるのがごくふつうのことでした。
海苔とかへわかめ、昆布、ひじきなどですね。
海草はミネラルの宝庫です。
現在のわが家の食卓は基本的にはこのように玄米、野菜へ豆、小魚へ海草の五種類で構成されているのです。
ところが、二〇年前のわが家ではどうだったかというと、肉をたくさん食べていたわけです。
栄養イコール肉という考え方だったんです。
わが家では健康のために食事をけちることはしない、食は健康の基本だからというのが父親の代からの考えでしたから私も高校生のころから、わりあい肉を食べていましたね。
ところがそんな食事で育った自分は果たして健康だったか、馬力はあったかというと、今日の私の体型もそうですけれど、細くて元気がなくて、どちらかというと虚弱だったのです。
戦前の日本人は肉なんか食べていなかったけれども、しかしがっちりした骨太の体で、小さかったけど健康でした。
私たちが子どものとき、つまり戦時中、戦後というのは、食べ物がなくて飢えた時代です。
でもそんな飢えた時代で育っていても、よっぽどむちゃなことがない限り骨折なんてなかった。
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